
宮崎の冷や汁の歴史について、Google検索などでインターネット上の情報を調べてみると、鎌倉時代を起源とする説が広く流布していることがわかります。
これは、元を辿ってみると、『宮崎県大百科事典』(宮崎日日新聞、1983年)の「冷や汁」の項目に、
~その起源は鎌倉時代で『武家にては飯に汁かけ参らせ候、僧侶にては冷汁をかけ参らせ候』と鎌倉管領家記録に著されている。
と記されていることが根拠となっているようです。
しかし、ここに出てくる「鎌倉管領家記録」という文献を確認しようと探してみたのですが、いっこうに見つかりません。
名の知れた古典籍であれば、日本の近世以前(古代から慶応3(1867)年)まで)に日本人により著述・編纂・翻訳された書籍の所蔵先をまとめた『国書総目録』(岩波書店)に掲載されているはずですが、そこには掲載がありません。
宮崎県立図書館に事情を話して「鎌倉管領家記録」の調査を依頼したところ、『群書類従』(江戸時代後期の国学者・塙保己一が編纂した、古代から江戸時代初期までの史書や文学作品等の文献1,273種を収めた一大叢書で、明治時代以降、何度かに分けて活字本が刊行されている)等の文献を当たってみたが、発見できなかったという回答がありました。
文献が存在しないことの証明は極めて難しいのですが、『宮崎県大百科事典』が編纂された1980年代初頭に知られていた、鎌倉時代に関する文献であれば、『国書総目録』や『群書類従』に掲載されていないはずはないと思われるので、「鎌倉管領家記録」という文献は存在しないことにほぼ間違いはないでしょう。
よって、これを根拠とする鎌倉時代紀元説はかなり怪しく、嘘だと言っても過言ではないでしょう。
(日高大介・フードアナリスト)

